2009年08月21日

北海道

北海道

面積:83,456.64km2
総人口:5,546,559人
(住民基本台帳人口、2009年6月30日)
人口密度:66.5人/km2
隣接都道府県:青森県
道の木:エゾマツ、アカエゾマツ
道の花:ハマナス
道の鳥:タンチョウ
北海道の歌:北海道民のうた
道民体操(どさんこ体操)

北海道(ほっかいどう)は都道府県の一つであり、日本国の最北端に位置する地方公共団体である。札幌市を道庁所在地とする北海道庁の管轄下にあり、今日における日本全国1都1道2府43県中唯一の「道」である。ただし、北方領土はロシアが実効支配をしており、道庁が実質的に管轄出来ていない国土が存在する。

この北海道1道のみで構成される地方を北海道地方といい、面積83,456.58km2、日本の総面積の約2割超(22.9%)を占める。

北海道はまた、島の名でもある。日本列島を構成し、本州の北に位置する面積77,981.87km2の島で、日本列島四大島の一。島名は律令制における五畿七道の各道に倣って新設された北海道による。

島としての北海道は、面積77,981.87 km2(日本では本州に次いで2番目、世界では21番目に大きな島)。アイルランド島よりやや小さく、樺太よりやや大きい。南の本州とは津軽海峡で隔てられているが、青函トンネルにより鉄路で繋がれている。北は宗谷海峡を隔てて樺太と向かい合い、東には千島列島が連なり、間接的にではあるがロシアと国境を隔てている。西の日本海、南東の太平洋、北東のオホーツク海と、3つの海に囲まれており、周辺には対馬暖流とその分枝である津軽暖流・宗谷暖流、及び親潮と東樺太海流が流れている。

北海道は大きく分けて胴体部にあたる菱形の部分と、南西の半島部(渡島半島)よりなる。

胴体部は南北に蝦夷山系と呼ばれる山地群が貫き北海道の脊梁を成している。蝦夷山系は南の日高山脈に始まり、東の石狩山地・北見山地と、西の夕張山地・天塩山地に分岐しており、この二列の間には富良野盆地・上川盆地・名寄盆地等の盆地列が形成されている。頓別平野からこの盆地列を通り、鵡川の河谷に抜ける低地帯を北海道中央凹地帯と呼ぶ。

北海道東部は千島弧の延長である知床半島や阿寒の山々が、それぞれ北東-南西の山列を成しながら全体としては東西に伸びている。この北側は北見山地からなだらかな傾斜が海岸近くまで続き平野は少ないが、南側では十勝平野、根釧台地等の大平野が形成されている。

渡島半島に続く地域は、石狩湾から石狩平野、勇払平野を通って太平洋へと抜ける石狩低地帯である。ここには人口約190万を抱える札幌市や、千歳市、苫小牧市等が並び、北海道で最も人口が集中する地域となっている。渡島半島は東北日本弧内帯の延長部にあたり、石狩低地帯の西に位置する南西部山地、その南に黒松内低地帯、更に南には渡島山地がある。

北海道の主な高峰は、蝦夷山系と千島弧の会合する中央部の石狩山地(大雪山連峰、十勝岳連峰等)と、その南に続く日高山脈に集中している。最高峰は大雪山の旭岳で、その標高は2,290mである。南西部山地には「蝦夷富士」と呼ばれる羊蹄山等の山がある(北海道の山の一覧も参照のこと)。
北海道の一級水系の流域図

一級水系は13水系ある。石狩川、天塩川、十勝川、釧路川、網走川、常呂川、湧別川、渚滑川、留萌川、沙流川、鵡川、尻別川、後志利別川。

阿寒湖、大沼、屈斜路湖、サロマ湖、支笏湖、洞爺湖、摩周湖、ウトナイ湖、網走湖、能取湖、風蓮湖などの湖がある。

1868年(明治元) に、新政府は蝦夷地に箱館裁判所を置くことを決め、直ぐにその名を箱館府と改めた。但し、戊辰戦争のひとつ函館戦争(一時、「蝦夷共和国」成立)が起こり、すぐには蝦夷地は新政府の下に統一されなかった。榎本武揚総裁の五稜郭の降伏後、蝦夷地は1869年(明治2年)に北海道と改称され、11国が置かれた。同年7月館藩(松前藩)領以外を管轄する開拓使が設けられてから北海道の開拓は本格化した(屯田兵)。1870年(明治3年)、根室国の花咲郡、根室郡、野付郡が東京府に編入されたが、同年末に廃止。明治4年(1871年)7月14日 廃藩置県に伴い館藩の旧領(爾志郡・檜山郡・津軽郡・福島郡)に館県設置。同年9月 館県は道外の弘前県などと合併、弘前県(青森県)の一部となり消滅。明治5年(1872年)10月 福島郡など四郡(旧館県)が青森県から開拓使に移管。これにより北海道全域が開拓史の所管となる。開拓使は1882年(明治15年)に廃止され、代わりに函館県、札幌県、根室県の3県が設けられたが、その行政効率の悪さから1886年(明治19年)には再び統一行政機関として北海道庁が置かれた。明治政府の政策により多くの人が移住し、道内各地に開拓の波が押し寄せた。もっとも、和人の「開拓」はアイヌにとっては土地収奪と強制移住を伴うものであり、「日本による侵略」であったとする見方もある(本多勝一など)。また、鉄道や国道が建設されたが、網走刑務所に代表されるように、懲役刑の一環として行われた面もある。石炭が産出されることから、数多くの炭鉱が開発され、輸送するための鉄道が縦横に張り巡らされた。

1950年(昭和25年)、北海道を開発するため、調査・立案及び実施に関する事務を担当する北海道開発庁が総理府の外局として設置された。北海道内には北海道開発局と各地方に開発建設部が置かれ、開発の任に当った。第二次世界大戦の復員兵や、旧植民地からの帰還者の受け入れ先として北海道が注目され、人口が急増した。戦後復興と高度経済成長期の初めは、北海道産の石炭が重宝され、多くの炭鉱労働者が北海道で暮らしたが、1960年代に石油へのエネルギー転換が起こり、1980年代までにほとんどの炭鉱が閉山された。これに伴い、不要になった鉄道が相次いで廃止され、市民生活の自動車化が推し進められた。道路網の整備が行われ、道央自動車道を初めとする高速道路が建設された。他の都府県は直轄国道(旧1級国道)以外の整備補修を自ら行うのに対し、北海道は全ての国道を国が管理した。

2001年(平成13年)の中央省庁再編により、北海道開発庁は統合され、国土交通省北海道局となった。それに伴い、北海道開発局は国土交通省の地方支分部局となった。

農業・畜産業
北海道は、日本の食糧基地と自称するほど農業が盛んで、全国の約12%にあたる1兆579億円の農業産出がある(2003年)。麦や芋等の畑作も全国と比べて比率が高く、テンサイやジャガイモ、小麦等全国一の品目が多い。中でも産出額の内約45%を占めるのは畜産であり、特に乳用牛の生産額が大きい。道内の生乳生産量も全国の約40%を占める。また、日高支庁を中心にサラブレッド等の軽種馬の生産も盛んである。
農家1戸当たりの耕地面積は16.9ha(2002年)で、他都府県の13倍にも達する。これは単に土地が広いこともあるが、北海道の各地方の気候条件に対応した農業が発達し開拓当初から大規模化したこと、農村部で兼業の機会が少なく専業農家が多く離農する者が多かったことから周辺農家が離農地を吸収合併し規模を拡大してきたこともその要因とされる。空知・上川・十勝・網走(北網)が北海道の四大農業地帯と言われている。
日本とオーストラリア間の自由貿易協定を柱とする経済連携協定(日豪EPA/FTA)に関する交渉が2007年4月から両国間で開始された。同協定が締結され農産物の関税が撤廃された場合、オーストラリア産農産物の輸入増により北海道農業は大打撃を受け、新たな財源がまったく確保できないとすると、北海道経済全体で約1兆3700億円の経済損失が生じ、約8万8000人が失職すると、北海道は試算している[1]。これが現実となれば農業・酪農のみならず道内消費や他産業まで、北海道拓殖銀行の破綻をはるかに超える影響が及ぶとされ、道財政の破綻・財政再建団体転落の可能性も指摘されている。
宗谷支庁・釧路支庁・根室支庁は大酪農地帯。気候が耕作には適していないため、亜寒帯湿潤気候を利用した酪農が盛んである。釧路支庁、根室支庁では農家1戸当たり耕地面積は60.3 ha(2003年)にも達し、宗谷支庁に至っては99%が牧草地である。大規模経営のため農家の所得水準は高く、北海道の農家1戸あたり農業所得は約580万円である。特に鶴居村の約1370万円は全国最高である。肉牛の生産もしている。
稲作は主に空知支庁・上川支庁等の道央で行われている。代表銘柄は、「きらら397」・「ほしのゆめ」・「ななつぼし」。特に上川中部のコメは一等米比率が高く、品質の良さで知られている。
渡島支庁は比較的畜産が盛んで、後志支庁は、余市町・仁木町を中心に果樹の生産が盛ん。羊蹄山麓はジャガイモの産地となっている。
空知支庁は稲作のほか、北部でソバ、南部でタマネギも生産している。特にソバの収穫量は幌加内町が全国1位、深川市が第2位、旭川市が第3位、滝川市が第4位で、日本を代表するソバ産地であると言える。
上川支庁は、日本を代表する野菜産地である。タマネギ・ジャガイモ・ニンジン・トウモロコシ・アスパラガス・キャベツ・ダイコン・キノコなどの生産量が多い。また、大豆・大麦・ソバ・小豆(アズキ)・テンサイ(ビート)等も生産されている。富良野市はニンジンの、名寄市はアスパラガスの、和寒町はカボチャのそれぞれ生産量日本一である。コメも先述の通り生産量が多い。
網走支庁では、タマネギ・ジャガイモ・トウモロコシ・テンサイの生産量が多い。北見市はタマネギの産地として有名。酪農も大変盛ん。
十勝支庁は、北海道随一の農業地帯。小麦・テンサイ・小豆等の豆類・トウモロコシ等の生産が多い。酪農も盛んである。

水産業
明治時代までは日本海沿岸でニシン漁が栄えた。その後カムチャツカ半島沖、ベーリング海沖での北洋漁業が飛躍的に伸び、太平洋沿岸で水産業が発達した。また同時に発展した水産加工業は北海道の工業の基盤ともなった。
1977年の排他的経済水域(200海里水域)設定で遠洋中心の北海道の漁業は大打撃を受けた。しかし依然として、北海道での水揚げ量は全国のおよそ4分の1を記録[2]するなど、水産業は北海道の主要な産業のひとつである[3]。またホタテやカニ、ウニ等の水産物を目当てに訪れる旅行者もいるなど、観光産業にも貢献をしている。
現在の水揚げ量は根室市が道内で一番多い。釧路は1990年まで、13年連続世界1位の水揚げ量であったが、その後急減。2006年現在、静岡県焼津市が水揚げ量全国1位である。

第2次産業

北海道の製造業は、太平洋側に面した大規模港湾のある、苫小牧市(苫小牧港)、室蘭市(室蘭港)、釧路市(釧路港)に発達している。苫小牧市は人口規模で札幌市の1/10未満だが製造品出荷額で札幌市を抜く。この3市の製造品出荷額は北海道全体の実に4割を占め、北海道経済の機関車としての役割がある。なお、道内最大の都市である札幌市は消費依存型の都市で、食品加工業以外目ぼしい製造業はない。

鉱業
明治から高度成長期(1960年代まで)にかけては、石狩炭田(三笠市・歌志内市・夕張市等)と釧路炭田(釧路市・白糠町・釧路町・厚岸町等)を中心に石炭産業が盛んであったが、現在は釧路市の太平洋炭礦を最後に大規模な採炭は終了。国内で唯一、坑内採炭事業が釧路コールマインによって継続されて採炭されている。
昭和に入り、鴻之舞鉱山(紋別市)の金の産出量が増加。全盛期には「東洋一の金山」といわれるが、資源枯渇等を理由に1973年閉山。また、豊羽鉱山(札幌市南区)もかつて銀・銅・鉛・亜鉛で日本最大級の産出量を数え、希少金属であるインジウムの産出量も世界一だったが、2006年鉱量枯渇のため閉山となる。
イトムカ鉱山(旧留辺蘂町、現北見市)ではかつて良質の水銀を産出し、第2次大戦中に最盛期を迎えたが、1974年に閉山した。現在は水銀含有廃棄物のリサイクルや精練を行っている。
工業
北海道の工業は太平洋沿岸の苫小牧、釧路の両地域に集約。食品加工は苫小牧から札幌にかけての内陸の諸都市に集中している。
中国経済の勃興による旺盛な需要の伸びに伴い、室蘭市の製鉄は増産状態が続いており街に活況が戻ってきた。北海道全体が不況感にある中で、2005年になって製造業の発達した都市では経済状態に漸く回復感が戻ってきた。

・苫小牧市、釧路市は大規模な製紙、パルプ業が発達し、機械製造、飼料・肥料コンビナートを有する商工業都市。特に苫小牧市単独で札幌市の製造品出荷額を上回り、釧路港の貿易総額は石狩湾新港の4倍強である。
・室蘭市は製鉄、化学コンビナートによる工業都市。
・函館市は造船、食品加工製造。
・札幌市は道内産の農水産品加工から発達した食品加工製造が盛ん。
・旭川市は食品加工製造、製紙・パルプ業、電子機器、家具、酒造、出版印刷業。
・帯広市は菓子などの食品加工製造。

建設業
明治以降の北海道は国策による開拓と開発が積極的に行われ、建設業は公共事業に大きく依存して発展を遂げた。現在でも北海道は公共事業への依存度が高く、道内各都市には年商100億円規模の建設会社が必ずあると言われるほどである。しかし近年は公共事業の大幅な減少によって、建設業は大きな苦境に立たされている。

第3次産業

観光関連産業
1972年の札幌オリンピック開催を機に、北海道開発庁を中心に新千歳空港や鉄道の整備が進み、観光産業が大きく花開いた。夏は避暑やアウトドアレジャー、ドライブ、ツーリング、冬はスキーやスノーボード等が楽しめる他、日本の農業基地としての北海道という側面から名産食品もあり、温泉の多さも手伝って毎年多くの観光客を集めている。また、観光客等を対象として小売業や運輸業が発達している。
しかし近年では海外旅行が安価で手軽になったことから北海道の魅力が相対的に薄れてきている。北海道拓殖銀行の破綻後は連鎖倒産も相次ぐ等、観光産業の経営状況は必ずしも芳しくない。
道外からの観光客数は1997年以降年間600万人前後でほぼ横ばいに推移しているが、この間に外国人観光客は12万人(1997年度)から29万人(2003年度)へと増加している。特に台湾、香港、韓国の3地域からの団体客数の伸びが大きい。雪の降らない台湾や香港の人々にとって、北海道は手近でありながら雄大な自然や温泉が楽しめる場所であり魅力に感じられている。また、倶知安町にあるニセコマウンテンリゾート グランヒラフには、2002年頃よりオーストラリアからのスキー・スノーボード客が急増している。スキー場下のひらふ地区にある宿泊施設や飲食施設には、多くの外国人旅行客が訪れているため、街は海外のリゾート地を思わせる状態になっている。最近では富良野市周辺にも多くのオーストラリア人が押し寄せている。
バブル経済崩壊以前は、テーマパークや大規模な温泉街等がある道央地域が観光の中心であったが、近年は大自然の風景が見られる美瑛町・富良野市・知床や旭川市旭山動物園等が人気を得ている。札幌市、旭川市、釧路市の3市が国土交通省の国際会議観光都市に指定され数次の国際会議が開催されている。2008年には洞爺湖サミット(後述)が開かれた。

情報関連産業
札幌には1980年代の家庭用テレビゲーム機の初期の頃からハドソンなどゲームソフト会社が数社存在していたが、拓銀の破綻などから廃業や札幌を脱出し、東京へ拠点を移した会社が多い。近年コールセンターの立地に札幌市、釧路市で積極的な制度整備を図っている。


























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posted by a6hokkaido at 18:54| Comment(86) | TrackBack(34) | 日記